New Food Industry 2022年 64巻 7月号

原著

香煎茶の脂質代謝改善作用

芳野 恭士(YOSHINO Kyoji),真壁 勇那(MAKABE Isana),後藤 健太(GOTO Kenta),天野 萌菜(AMANO Mona)
 

Improving Effects of Kosencha on Metabolism of Lipids

Authors: Kyoji Yoshino*, Isana Makabe, Kenta Goto, Mona Amano
*Corresponding author: Kyoji Yoshino
Affiliated institutions: 
Department of Chemistry and Biochemistry, National Institute of Technology, Numazu College
[3600, Ooka, Numazu-shi, Shizuoka 410-8501, Japan]
 
Key Words: tea, Kosencha, lipid, digestion, absorption, oxidative stress
 
Abstract
  Multiple health beneficial effects of tea (Camellia sinensis) have been interested worldwide. Kosencha is produced by treating Yabukita green tea at high temperature and high pressure. Kosencha is characterized by less astringency and bitterness as compared to the original green tea. In this study, hypolipidemic and antioxidant activities of Kosencha were examined. Aqueous extract of Kosencha showed the inhibitory effect on porcine pancreatic lipase activity, which was slightly weak as compared to that of green tea. When high fat diet with 0.25%, 0.5%, and 1.0% tea extracts, or without them were fed to male ddY mice, the elevations of low density lipoprotein-cholesterol levels in mouse plasma, and triglyceride levels and lipid peroxide levels in the liver tended to be suppressed by ingesting green tea and Kosencha extracts. The FTIR spectra of green tea and Kosencha extracts showed many peaks at the common absorption wavelength with that of (-)-epigallocatechin gallate, a typical tea catechin monomer. These results suggested that Kosencha could affect lipid metabolism improving effects as same as green tea and the active components in Kosencha would be catechin monomers and their derivatives.
 
 代謝症候群は,生活習慣病の一つである循環器系疾患の発症リスクを高めるため社会問題となっているが,その原因として糖や脂質の過剰摂取による肥満が挙げられる1)。チャ(Camellia sinensis var. sinensis)の葉を一次加工することで製造される緑茶には,糖と脂質の消化酵素であるα-グルコシダーゼやリパーゼの活性を阻害することで,これらの体内吸収を穏やかにする効果があることが知られている2, 3)。
 ヤブキタ栽培品種の緑茶をさらに加圧加熱処理することで製造される香煎茶は,カテキン類の没食子酸エステルを分解して渋みを軽減するとともに,香ばしさを高め,飲み易さを向上させた二次加工茶である4, 5)。香煎茶には,肥満患者に対する痩身効果と心血管機能の改善効果が報告されている6)。これに関連して,我々は,香煎茶に原料緑茶と同様のα-グルコシダーゼ活性阻害作用とマウスにおける糖吸収抑制作用があることを確認している5)。また,ベニフウキ緑茶やオクミドリ碾茶から製造した香煎茶に,リパーゼ活性阻害作用があることも報告している7)。緑茶に見られる糖や脂質の吸収抑制作用には,多量に含まれるカテキン単量体が寄与している8, 9)。香煎茶の原料緑茶葉中のカテキン単量体の総量は7.99%(w/w)とその総ポリフェノール量9.28%(w/w)の約89%を占める5)。
 
 

グルコマンナン粒子の表面付着物除去
―こんにゃく芋のエタノール水溶液中でのブレンダー処理―

釘宮 正往(KUGIMIYA Masayuki),大野 婦美子(OHNO Fumiko),石永 正隆(ISHINAGA Masataka)
 
Removal of surface deposits on glucomannan granules by blender treatment of konjac corms in aqueous ethanol solutions

Authors: Masayuki Kugimiya 1*, Fumiko Ohno 2 and Masataka Ishinaga 3
*Correspondence author: Masayuki Kugimiya
Affiliated institution:
1, 2 Former Kurashiki Sakuyo University, The Faculty of Food Culture
[3515, Tamashima-nagao, Kurashiki-shi, Okayama 710-0292, Japan]
3 Sanyo Women's College
[1-1, Sagata-honmachi, Hatukaichi-shi, Hiroshima 738-8504, Japan]
 
Key Words: polished konjac flours, glucomannan granules, methylene blue staining, limited swelling, birefringence, exudate
 
Abstract
  We investigated the appropriate treatment conditions under which the surface deposits of glucomannan (GM) granules could be removed by blending konjac corms (raw corms) in an ethanol aqueous solution. As a result, it was found that almost all deposits were removed by blending in 2 or 4% ethanol solution at 14,000 or 16,000rpm for 10 minutes. The surface of granules without deposits had many fine speckled patterns and some granules with some GM eluted or exudates were present. Under the cross Nicol, some granules without deposits showed a polarized cross, or a hyperbolic light-dark pattern in the central part, and a light-dark pattern different from the central was seen in the peripheral part. This suggests that the arrangement of the ordered structure in the center of the granules is maintained, while the periphery swells to a limited extent. It was concluded that in the case of raw corms, as in the case of polished konjac flours, the limited swelling of the periphery of GM granules causes some of the surface deposits of the granules to peel off, and the remaining deposits is removed by the blender treatment.
 
 著者らは最初の報告1)において,こんにゃく精粉(以下,精粉)におけるグルコマンナン(以下,GM)粒子の表面には精粉製造工程中に部分的に損傷・破壊された芋組織由来の細胞壁や中葉の一部または断片が付着していることを明らかにした。
 つぎの報告2)では,こんにゃく芋(以下,生芋)から作製した加熱芋またはアルカリ浸漬芋をエタノール水溶液中で粉砕処理して得られた粉砕物の顕微鏡観察を行い,いずれの場合にも,粒子表面に細胞壁や中葉などの付着物がほとんどないGM粒子が得られる可能性があることを明らかにした。しかし,わずかではあるが付着物のある粒子も観察され,付着物のすべてを除去することは困難であった。その要因の一つとして,中葉の一部が粒子表面に食い込むという芋組織固有の特性が関係するのではないかと推測した。
 さらに,つぎの報告3)では,粒子表面に食い込んでいる中葉を完全に除去するために,GM粒子をわずかに膨潤させて除去しやすくできないか検討した。すなわち,精粉および生芋を用いてGM粒子の表面付着物のすべてが除去(剥落)できるか,その可能性について検討した。その結果,エタノール水溶液で調製した尿素または塩酸グアニジンの添加剤溶液を加えて超音波処理することにより,付着物のほぼすべてが除去できることが分った。付着物の除去は,エタノール水溶液で調製した添加剤溶液の存在下でGM粒子の周辺部分が限定的に膨潤(以下,限定膨潤)する場合にのみ,膨潤によって一部の付着物が剥離し,残存する付着物が超音波処理によって剥離するのではないかと推測した。
 前報4)では,実用化に向けた手掛かりを得るために,精粉中のGM粒子の限定膨潤をもたらす条件を探索した。その結果,低濃度のエタノール(以下,EtOH)水溶液中で超音波処理またはブレンダー処理することによってGM粒子の表面付着物のほぼすべてが除去できることが明らかになった。また,付着物が除去される粒子の複屈折性の分析から,初期の膨潤は粒子の表面・周辺部から中心部に向かって進行することを明らかにした。周辺部の限定膨潤が付着物の剥離に密接に関与するという結論に達した。
 本報告は,前報4)の結果を踏まえて,生芋についてEtOH水溶液中でブレンダー処理することによって,GM粒子表面の付着物のすべてが除去できるか否かを検討した。その結果,EtOH水溶液濃度,ブレンダー処理における回転数および処理時間を適切に選べば,付着物のほぼすべてが除去できることが分かったので報告する。
 

解説

セmRNAワクチンについて
―開発への道程とその抗体の特徴―

窪田 倭(KUBOTA Sunao)

 
 今日,新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019,以下,COVID-19と略)は我が国のみならず世界的にも収束が見らない状況がなお続いている。そもそものCOVID-19の病原体(ウイルス)は,2019年12月末に中国湖北省武漢の海鮮市場勤務者で肺炎症状を呈した入院患者(男性)の肺胞洗浄液から検出された重症急性呼吸器症候群(severe acute respiratory syndrome;SARS)類似の新規ウイルスである1)。この新規ウイルス(SARS-CoV-19と命名された)は中国本土から瞬く間に世界中に蔓延し,2020年3月11日にWorld Health Organization(以下WHOと略)(世界保健機構)はパンデミックとして警告を発した2)。初期対策として行政面では「都市封鎖」,「海外からの渡航者の入国制限」,「外出制限」,「飲食業の時間短縮」などの規制,個人的には「社会的距離を保つ」,「マスク着用や手洗い」などの奨励であった。ウイルス性感染予防にはワクチンが有効であることは周知の事実であるが,当時はこのCOVID-19に対するワクチンは未だ製造されていず,上記感染対策により個人,個人が身を護る術しかなく,不安な日々を送る状況下にあった。
 ところが,WHOのパンデミック発表3か月後の7月に,米国のファイザー社とモデルナ社がmRNA( messenger ribonucleic acid)ワクチンの臨床治験を開始し,有効率は95%,94.1%と,ともに高く,従来のインフルエンザワクチン以上の成績および同程度の副反応を報告した3-6)。この結果2020年12月14日COVID-19発症の予防薬として,アメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration; FDA)の許可を得て米国では接種が始まり7),今や先進国では規定の2回接種を終え,COVID-19撲滅の切り札として期待されている。
 2002年のSARSのパンデミックの際から,新型コロナウイルスの研究とパンデミックに迅速に対応できる新規ワクチン製造(遺伝子組み換え技術によるmRNAあるいはプラスミドDNAワクチン注1)の開発が進められていた。しかし,COVID-19発症の1年前ごろまでは,人工合成のmRNAをいかにして細胞内外の自然免疫や分解酵素の作用を受けることなく細胞内に到達させ,かつこのmRNAが望みのタンパク質を産生しそしてその抗体を産生しうるかという高いハードルがあり,早期実現化には厳しいことが指摘されていた8, 9)。しかしこれらの問題は解決され,WHOがパンデミックの発表3か月後の7月には臨床治験が開始され,その約半年後には米国で,遅れてわが国では2021年2月17日にCOVID-19の予防接種として開始された10)。
 ワクチンの歴史は,如何にして質の高い抗体と軽い副反応を同時に持つワクチンを開発するかという道程といっても過言ではない。その集大成として登場したアルファ株から作製されたmRNAワクチンは,アルファ株からデルタ株そしてオミクロン株へと次から次へと変異するSARS-CoV-19に対して,オミクロン株への感染予防や重症化抑制効果が期待されて3回目の接種が2021年12月1日より施行されている11)。しかし,我が国のみならず世界的にも収束は一向に収まらない傾向にある。この要因として,mRNAワクチン接種によって産生される抗体の質とウイルス感染によって産生される質の差によるものと推測される。
 本論文の主旨は,この抗体の質の差がいかにして生じるのかを述べることであるが,まずその前に,接種者のみならず接種される側の者にとっても有意義と思われるmRNAワクチン開発への道程を解説する。
 

連載解説

アフリカ米

瀬口 正晴(SEGUCHI Masaharu)1, 2,楠瀬 千春(KUNOSE Chiharu)

 本論文「アフリカ米」は“Lost Crop of Africa”volume I Grains NATIONAL ACADEMY PRESS 1996 の第 1 章 Africa Rice を翻訳紹介するものである。
 米は世界の生産量において,ほとんどアジアが占めており,極東の三角州の広大な土地の農業であることは説明せずとも認識されている。確かに人類2番目の主要作物はアジアからであり,その90%(27億人の主カロリー源)はそこで栽培されている。しかし,米は元々アフリカのものでもあった。少なくとも1500年の間,西部アフリカでは別の種が栽培されてきた。西アフリカ諸国のいくつかの国は,古代から他のアジア人と同じように米嗜好だった。しかし,ほとんど他の誰もそれらの種については聞いたことがない 。(世界の他の地域にも米の親戚はいる。Oryza属は最も古代の植物で,ずっと遠くにまで離れてしまう前にすべての大陸に広がることができた。その結果,さまざまなOryza属の品種が南アメリカとオーストラリアを含む地球上の熱帯地域に張り巡らされた。しかしアジアの1種とアフリカの1種のみが栽培化された。)アジアの米は非常に先進的で生産性が高く,よく知られているため,その素朴な品種はアフリカ自体でさえ曖昧に追いやられてきた。今日,アフリカの大半で栽培されている米はアジア種である。実は「ニジェールのフックの偉大な赤米」は,重要性が急速に低下したため,生産面積がほとんど,外国品種の畑の雑草用としてしか残っていない,すぐになくなるであろう場所に追いやられた。
 

随想 バイオ資源利用科学 3

兎束 保之(UDUKA Yasuyuki)

 人類の歴史を,道具を作る素材の種類にしたがって区分することがある。石器時代,青銅器時代,鉄器時代と続き,現在を鉄器時代と考えるべきか,プラスチック時代というべきかで意見が分かれる。それほどプラスチックは人類の生活道具の材料として重要な位置を占めている。現在使われているプラスチックの大部分は,石油を出発点とする石油化学製品である。その石油は,恐竜が生活していた時代の生物からできた有限の資源である。すでに埋蔵量の半ば以上を消費したという見方があり,21世紀の中頃に枯渇するといわれている。そうなれば,将来のプラスチック原料はバイオ資源に求めてゆかなければならないであろう。プラスチックの利便性は軽量,加工性の良さ,丈夫さ,経済性等が数えられている。それらの中で,少なくとも経済性は石油の枯渇とともに失われるであろう。過去には腐ったり錆びたりする心配がなく利用できるところが,利便性のひとつに挙げられていた。ところが,社会全体に蓄積された廃棄プラスチックが,消えないゴミとして環境汚染を生み出している。そこから,人工物質ゆえに自然界では分解されない性質が一大欠点である,と見直されるようになった。そうした経過を経て,自然界に放置しておけば微生物によって徐々に分解される生分解性プラスチックに社会的関心が集まった。プラスチックの原材料がバイオ資源であれば,自然界で微生物によって分解されるから,環境汚染につながらない。分解の最終産物である二酸化炭素は,再び植物に吸収されてバイオ資源へと再生産される。
 

エッセイ

本郷の文豪たちと老舗

安住 明晃 (AZUMI Akiteru)

本稿は,私が本郷に通勤していた頃の回想である。2022年に勤務していた会社の建物の一部が売却されるということになり,本郷界隈を徒然なるままに思い出してみることとした。
 本郷は作家,文人にゆかりの地である。そして,勤務していた会社の2号館という建物の脇に「本郷菊富士ホテル」の碑がある(写真1)。その碑に刻まれた文人達の名前を見て,驚くのは私ばかりではないだろう。大正から昭和10年代にかけて多くの文学者,学者,芸術家,思想家達が滞在したのだ。その名前を列挙すると石川 淳,宇野浩二,宇野千代,尾崎士郎,坂口安吾,高田 保,谷崎潤一郎,直木三十五,広津和郎,正宗白鳥,真山青果,竹久夢二,三木 清,宮本百合子,湯浅芳子,大杉 栄,月形龍之介,高柳健次郎など文学と縁のない私でもビックリするビッグネームの作家達だ。