New Food Industry 2021年 63巻 8月号
原著
シイタケ菌株とヒラタケ菌株の
−20℃凍結保存における前処理時間の影響
富樫 巌(TOGASHI Iwao),村上 希生(MURAKAMI Kio),川島 萌(KAWASHIMA Moe)
Effects of pre-treatment time at 25°C for cryopreservation of
shiitake (Lentinula edodes) and hiratake (Pleurotus ostreatus)mushroom
strains at −20°C using concentrated saccharide aqueous solutions
Authors: Iwao Togashi*, Kio Murakami, Moe Kawashima
*Corresponding author: Iwao Togashi
Affiliated institutions:
National Institute of Technology (KOSEN), Asahikawa College,
[2-2-1-6, Shunkodai, Asahikawa City, Hokkaido, 071-8142, Japan.]
Key Words: Edible mushroom; Strain; Mycelial disk; Preservation; Freezing
Abstract
The pre-treatment effects of incubation time at 25°C on the cryopreservation of shiitake and hiratake mushroom strains at −20°C using mycelium-agar discs soaked in four kinds of saccharides aqueous solutions as cryoprotectants were investigated. In comparison with samples that were not incubated before freezing, the survival rates of all eight mushroom strains (shiitake: ANCT-05072, NBRC 30877, NBRC 31107, NBRC 31864; hiratake: ANCT-15001, NBRC 8444, NBRC 30160, Po 89-1) were improved by the pre-treatment with 40% (w/w) saccharides aqueous solutions (glucose, sucrose, maltose and trehalose) for 24–72 h. In shiitake, the survival rates of the four strains until 20 weeks were nearly 100% only with the sucrose aqueous solution regardless of the pretreatment time. Conversely, the survival rate of the four strains of hiratake until 20 weeks were nearly 100% with the three disaccharide aqueous solutions—such as sucrose, maltose and trehalose—regardless of the pre-treatment time. Only in the combination of trehalose and NBRC 31864 (shiitake), a positive correlation existed in survival terms (12–20 weeks) and the pre-treatment time (24–72 h). As for the mycelial growth rates at 25°C after the cryopreservation of seven strains except NBRC 30160 (hiratake) for 20 weeks using the sucrose aqueous solution combined with the all pre-treatment time, there were no difference with the controls (subculture strains). In NBRC 30160, the mycelial growth rates of the 48–72 h pre-processing was lower than the mycelial growth ones of the control. In a further study of cryopreservation for shiitake and hiratake strains at −20°C, the performance of the combination of 40% (w/w) sucrose aqueous solution and incubation at 25°C for less than 48 h before freezing is expected.
菌体ディスク法を用いる食用菌・菌株の菌糸体の凍結保存においては菌種・菌株・凍結保護液の組合せによる差異があるものの,−20℃では超低温の−85℃や液体窒素の−196℃と比べて生存率が低く,特にシイタケ(Lentinula edodes(Berk.)Pegler)とヒラタケ(Pleurotus ostreatus(Jacq.)P. Kumm.)は死滅し易い1, 2)。一方,著者らは食用菌・菌株の凍結保存の低コスト化を狙い,−20℃の利用可能性を検討3, 4)してきた(加えて,本誌55(1): 6-12, 2013.;62(6): 391-398, 2020.;63(3): 177-184, 2021. ;63(5): 360-366, 2021.参照)。その結果,シイタケとヒラタケの菌株においてグルコースやマルトースの40%(w/w)水溶液を凍結保護液に用いると10%(w/w)グリセリン水溶液よりも生存率の改善が見込めること,凍結前に菌体ディスクを凍結保護液(上述濃度のグルコース水溶液など)と共に25℃で24時間放置すると−20℃凍結での生存率が改善することを明らかにした。
本研究では凍結保護液にグルコース,マルトース,スクロースおよびトレハロースの計4種類の40%(w/w)水溶液を用い,25℃ で24~72時間の前処理を施したシイタケとヒラタケの各4菌株(合計8菌株)について最大20週間の−20℃凍結を行い,供試菌株の生存率変化や保存後の菌糸伸長挙動など前処理時間の影響を観察した。
総説
高ポリアミン食の継続摂取によるアンチエイジング効果
―納豆を用いた介入試験―
早田 邦康(SODA Kuniyasu)
要約
長寿食として知られる日本食や地中海食には,ポリアミン(スペルミジンとスペルミン)が豊富に含まれている。合成ポリアミンを加えてポリアミン濃度を高くした餌をマウスに投与したところ,全血スペルミン濃度が上昇し,炎症が誘発されやすい状態が軽減され,加齢の原因の一つである遺伝子の異常メチル化が抑制されてマウスの寿命が延長した。そこで,ヒトにおけるポリアミン摂取の影響を検討するために,30名の健康な男性ボランティアにポリアミンが豊富な納豆を12ヶ月間摂取してもらった。この検討のために,大豆の選定から納豆製造方法までを検討し,最もポリアミン含有量が高く味のよい納豆を開発した。また,27名の男性ボランティアには対照群として参加してもらい,食生活を可能な限り変わらないようにして生活してもらった。参加したボランティアの年齢は48.9±7.9歳(40歳〜69歳)であった。対照群として参加の2名の被験者は,研究途中で脱落した。研究開始後のスペルミジンとスペルミン摂取量の増加量は各採血時点の前の2週間の連続した食事の写真もしくは食事内容の記載から算出した。介入後の食事と介入前の食事内容を比較したところ,納豆摂取群の1日あたりのスペルミジンとスペルミンの摂取量は一日あたり96.63±47.70および22.00±9.56 μmol増加した。しかし,対照群ではほとんど変化がなかった。血液中のポリアミンは,大半が細胞に存在するために全血の濃度を高速液体クロマトグラフで測定した。納豆摂取群の全血スペルミン濃度は徐々に増加し,介入終了時点の12ヶ月後では,介入前の1.12±0.29倍となり,増加率は対照群より高かった(p=0.019)。全血スペルミジン濃度は両群ともに変化しなかった。
これまでの我々の研究結果からスペルミンの上昇によって免疫細胞のLymphocyte function-associated antigen 1(LFA-1)という炎症の誘発に関わるタンパクが減少することが分かっている。そこで,LFA-1の変化とポリアミン濃度の変化を検討した。フローサイトメトリーで測定した単球領域に存在する免疫細胞群表面のLFA-1量は,納豆摂取群において徐々に減少したが,対照群では変化がなかった。加齢とともにLFA-1は増加するが,介入前のLFA-1値から1年後のLFA-1の予測値を計算し,実測値と比較した。LFA-1は急性炎症により増加するので,その影響をhsCRPという体内の炎症の状態を鋭敏に反映するタンパクを指標にして急性炎症の症例を除外した場合,納豆摂取によってLFA-1の予測値より実測値が低くなるオッズ比が3.927 (95%CI 1.116-13.715) (p=0.032)となった。さらに,全症例を対象として,スペルミン/スペルミジン比の変化とLFA-1の変化の関係を検討したところ,両者の間には負の相関があった。本研究において観察されたこれらの所見は,高ポリアミン餌の継続摂取によるマウスの老化抑制と寿命延長で確認された所見と同様であった。また,これまでの研究成果から,スペルミン濃度上昇によるLFA-1量の減少はLFA-1プロモーター領域の高メチル化と遺伝子全体の異常メチル化の抑制を伴っていることがわかっている。よって,ヒトにおいても,高ポリアミン食の継続摂取が老化や寿命に密接な関係のある遺伝子全体の異常メチル化の抑制に寄与していることが示唆された。
母乳の力
生体防御機能の基礎知識
大谷 元(OTANI Hajime)
1.哺乳動物の生体防御機能としての免疫
哺乳動物に限らず,生物が健全な生活を営むには生体調節機能が秩序正しく働かなくてはなりません。それらの機能の中でも,自己の細胞が異常増殖することの抑制,病原性微生物や寄生虫などに感染することの阻害,過剰免疫反応の抑制などを行う機能を生体防御機能と呼んでいます。放線菌や乳酸菌が抗生物質やバクテリオシンなどの抗菌性物質を生産することや,植物が活性酸素や抗菌性物質であるファイトアレキシンを生成することは自己を存続させるための生体防御機能です。哺乳動物もリゾチームやトランスフェリンなどの抗菌性物質により,感染防御を行っています。しかし,哺乳動物の体は,微生物や植物と比べると複雑にできているために,生体防御機能も複雑になっています。哺乳動物で最も重要な生体防御機能は獲得免疫系です。獲得免疫系は脊髄動物に固有で,ヤツメウナギよりも進化した動物に備わっています。本項では,哺乳動物の生体防御機能,特に免疫系の基本的事項を紹介します。
連載
グルテン–沈殿要因−3
瀬口 正晴 (SEGUCHI Masaharu),吉野 精一(YOSHINO Seiichi)
本論文「グルテンー沈殿要因—3」は“Celiac Disease and Gluten” (by Herbert Wieser, Peter Koehler and Katharina Konitzer) 2014 の第 2 章 Gluten- The Precipitating Factor の一部を紹介す るものである。
1950年にディッケの論文で始まった初期の調査では,小麦,ライ麦,大麦はCD患者に有害であるが,米とトウモロコシは有害ではなかったことが示された36)。ソバやジャガイモなどのイネ科以外の植物は安全であると見なされていた。当時は腸の生検の技術が利用できなかったため,研究は摂食試験とその後の症状と脂肪またはキシロースの吸収不良の出現に依存していた。その後,腸の生検と免疫原性反応に関する組織学的研究が毒性判断に使用された。オートムギの毒性についてはまだ意見の相違があり,小麦とオートムギだけは広く研究されており,小麦の疑いのない毒性をもたらしている(以下の議論を参照)。ライムギと大麦のテストはかなり最小限だったが,貯蔵タンパク質の構造から推測される小麦との強い類似性は,CDの毒性を裏付けている。トウモロコシ,イネ,モロコシ,キビ,およびすべての非穀物植物が安全であると見なされるようになった。これは,おそらくこれらの作物を含む食事からの矛盾する証拠が何十年も遭遇していないからである。小麦を含まないモロコシ食品の安全性は,in vitroおよびin vivo試験,ならびにゲノム,生化学,および免疫化学分析77, 78)によって確認された。
コーヒー博士のワールドニュース
「希太郎ブレンド」が苦くないわけ
岡 希太郎
希太郎ブレンドとは,ライトまたはそれより浅く煎った豆と,フレンチまたはイタリアンの黒光りするほど深く煎った豆を,味と健康志向の好みに応じて混ぜ合わせるブレンドコーヒーのことで,本来なら苦味の強いコーヒーが,想像を超えるほどに苦味が消える特性を示します。コーヒー豆は煎れば煎るほど苦くなります。苦味成分が出来てくるからです。化学構造式が明らかな苦味成分は図1のようなもので,ドリップ式で淹れれば,カフェインの他に,焙煎中にクロロゲン酸から出来る苦味成分が抽出されます。コーヒー最強の苦味はジテルペン誘導体のモザンビオシドで,ロブスタ豆よりアラビカ豆に多く含まれているそうですが,焙煎中に分解して減ってしまうので,実際に苦味を感じることはありません1)。
野山の花 — 身近な山野草の食効・薬効 —
アサガオIpomoea nil (L.) Roth (=Pharbitis nil (L.) Choisy)
(ヒルガオ科 Convolvulaceae)
白瀧 義明(SHIRATAKI Yoshiaki)
真夏,暑い太陽の照り付ける日の朝,もうアサガオが咲いています。アサガオは,ヒマラヤから中国にかけての地域,または熱帯アジア原産とされていましたが,近年,熱帯アメリカを原産地とする説が出されています。つる性の一年生草本で茎には逆毛があり,左巻き(つるの巻き方は上から見るか,下から見るかで逆になります。ここでは上から見て左巻き)で他の物に巻き付き,長さ2m以上に達します。葉は互生し葉柄は長く葉身は広三尖形で細毛があり,夏,花柄を腋出し先端に1〜3個の大型の円錐形の花を朝早く開きます。花は,がく5,花弁5 (1),雄しべ5,雌しべ1からなり,5枚の花弁は融合して漏斗状になっています。花の色は,紅,青,白など変化に富み,しぼりもあって園芸用に多くの品種があり,それぞれの花弁の中央には放射状の中肋(アサガオでは特に「曜」という)が走り,子房は3室,各子房室には2つの胚珠があります。日本で最も発達した園芸植物の一つで,アサガオは中国語で「牽牛」,日本では「蕣」の漢字もあてられています。日本へは,奈良時代末期に遣唐使が種子を薬用(下剤)に持ち帰ったとされ平安時代には薬用植物として扱われました。アサガオの名は,朝早く花が咲き,午前中にしぼむことに由来します。なお,万葉集などで「朝顔」とよばれているものは,本種ではなく,キキョウまたはムクゲをさしているものと思われます。
随想
より良い特許明細書を求めて(パート2)
宮部 正明(MIYABE Masaaki)
特許は特許明細書の作成に始まって,特許明細書の解釈に終わると言われています。それ故に,特許明細書の記載は重要であり,特許明細書は文章として記載されるため文章表現の巧拙が問題となります。より良い特許明細書を求めて,文章表現の素養を磨くヒントを小林秀雄の作品から提案したいと思います。
ポスト・コロナ時代の国際交流の在り方について
-日本医療科学大学における関連プログラムの展望-
新藤 洋子(SHINDO Yoko)
International exchange programs in the post-Covid age: Perspective on the related programs at NIMS
*Correspondence author: Yoko Shindo 1
Affiliated institution:
1 Nihon Institute of Medical Science [1276 Shimogawara, Moroyama-machi, Iruma-gun, Saitama, 350-0435 Japan. ]
Abstract
Nihon Institute of Medical Science (NIMS) fosters medical professionals at five departments, department of radiological technology, department of rehabilitation, department of nursing, department of clinical engineering and department of clinical laboratory science. NIMS has offered students a variety of international exchange programs. However, due to the outbreak of COVID-19, it became difficult for the students to actually go abroad. Therefore, we developed online programs in which our students and faculty members can interact with their counterparts in Vietnam and Taiwan. This paper will firstly provide an overview of the international exchange programs at NIMS including the recent online events and then consider the future direction of those activities.
日本医療科学大学(Nihon Institute of Medical Science;NIMS)は,診療放射線学科,リハビリテーション学科(理学療法学専攻および作業療法学専攻),看護学科,臨床工学科,臨床検査学科の5学科を有する大学である。2007年の開学以来,日本の医療現場で活躍する専門家を,数多く輩出してきた。NIMSでは,高度な専門知識と技術の習得に加えて,豊かな人間性を育むことも重視している。さらに,医療のグローバル化に合わせて,国際交流プログラムを数多く実施してきた。それらのプログラムを通じて,世界を舞台に活躍できる医療人の育成を目指している。しかし,2020年からはじまった新型コロナの感染拡大の影響によって,現在も,海外研修が実施できないという状況が続いている。そこで,NIMSでは,海外の協定校とのオンラインでの交流を行った。オンラインでの交流は,これまでのプログラムの実績に基づいて,企画されたものである。そして,コロナ禍が収束したあとの国際交流は,オンラインでの国際交流の経験を踏まえたものになるであろう。本稿では,現在に至るまでの活動を振り返りながら,ポスト・コロナの国際交流の在り方について考察する。