New Food Industry 2021年 63巻 7月号

原著

トウガラシ摂取後の口腔内の痛み・違和感に
対するブルーベリーによる軽減効果

岩田 健吾 (IWATA Kengo),杉山 立志 (SUGIYAMA Ryuji)
 
Blueberries reduce the burning sensation caused by spicy meals containing chili pepper
 
Authors: Kengo Iwata 1, Ryuji Sugiyama 1, 2*
*Corresponding author: Ryuji Sugiyama 2
 
Affiliated institutions:
1 Nagoya Bunri University Department of Health and Nutrition [365 Maeda, Inazawa-city, Inazawa Aichi Pref, 492-8520, Japan]
2 Current affiliation: Tokyo University of Agriculture, Faculty of Agriculture, Botanical Garden. [1737 Funako, Atsugi-shi, Kanagawa, 243-0034, Japan]
 
Key Words: burning sensation, painkiller, blueberry, polyphenol
 
Abstract
 When used in appropriate amounts, the hot spicy flavour of chili peppers can enhance the palate of several ingredients. On the other hand, an excessive amount of chili peppers can induce a painful, burning sensation in the mouth. In this study, we searched for novel ingredients that can mitigate spicy food-induced burning sensation on the tongue, by measuring the time they take to mitigate the burning sensation induced by a spicy soup. Participants have swallowed a standard concoction of chicken soup seasoned with chili powder and retained the test food in their mouth for 15 seconds. In the sensory test, the time to resolve the induced burning sensation was compared between the test food and water (control). Food items that are available at many grocery stores (e.g., milk, coffee, biscuit, and honey) were used as test foods. Most test foods have not shown clear effects against the burning sensation. However, blueberries reduced the time to resolve the burning sensation to half that of the result obtained with water. Other food containing polyphenols showed the similar effect as that of blueberries. Some polyphenols reduced spicy food-induced burning sensation. In this study, we found that blueberries are able to mitigate the burning sensation caused by spicy meals containing chili peppers.
 
要旨
 食品においてトウガラシの持つ辛味は適量であれば美味しさとなり,トウガラシ無しでは成り立たない料理もある。その一方で,過剰な量のトウガラシを料理に加えると,辛味による口腔内の痛みは食後にも継続し苦痛を感じる。痛みの激しい場合,その後の食事もできず,生活に支障を与えることもある。本研究では,トウガラシを含む食品を摂取した後の口腔内のヒリヒリする痛みを軽減する食品素材を探索した。辛味標準食としてトウガラシ粉末を加えた鶏ガラスープを用い,舌で感じるヒリヒリする痛みの消えるまでの時間を測定した。水を摂取した場合のヒリヒリする痛みの消失時間,痛みが消えた後の麻痺したような違和感の消失時間をそれぞれ100として相対的な時間を用いて評価した。試験食品として,牛乳やコーヒーに加えて,ビスケット,蜂蜜など日常的に入手しやすい食品を供試した。多くの食品では,ヒリヒリする痛みの消えるまでの時間に変化はなかった。牛乳,コーヒーでもヒリヒリする痛みが消えるまでの時間は,水と比較して変化はなかった。多くの食品の中から,これまで痛み軽減効果の知られていないブルーベリーに口腔内のヒリヒリする痛みを感じる時間を短くする効果のあることを見出した(特許出願中)。ポリフェノールを多く含む食品についても評価を行ったが,ポリフェノール量との痛みの軽減効果の間には明瞭な関係は見られなかった。本研究では,トウガラシを含む食品を食べた後に口腔内のヒリヒリする痛みを軽減する食品としてブルーベリーに効果があることを初めて明らかにした。
   
 

研究解説

クマ笹葉アルカリ抽出液(ササヘルス®)の
抗炎症作用のマルチオミックス分析

坂上 宏(SAKAGAMI Hiroshi),中谷 祥恵(NAKATANI Sachie),榎本 文芽(ENOMOTO Ayame),太田 紗菜(OTA Sana),金子 未来(KANEKO Miku),杉本 昌弘(SUGIMOTO Masahiro),堀内 美咲(HORIUCHI Misaki),戸枝 一喜(TOEDA Kazuki),大泉 高明(OIZUMI Takaaki)
 
 
 
要旨
 本論文は,ELISA,メタボローム解析,DNAマイクロアレイ解析を用いてクマ笹葉アルカリ抽出物(SE)の抗炎症作用発現の初期過程における炎症性物質,細胞内代謝物,遺伝子の発現を検討した論文(J. Clin. Med. 2021, 10, 2100. https://doi.org/10.3390/jcm10102100)の解説書である。ヒト歯肉線維芽細胞(HGF)にIL-1ꞵを添加すると,細胞増殖の促進と同時にPGE2の産生が顕著に増加した。SEもHGFの増殖を僅かに促進するが,IL-1ꞵのPGE2産生促進を用量および時間依存的に阻害した。この阻害作用は,IL-1ꞵよりも前にSEを投与することにより強く発現された。 IL-1ꞵ処理の3時間後に,総アミノ酸,総グルタチオン(GSH,GSSG,Cys-GSHジスルフィド),メチオニンスルホキシド,5-オキソプロリン,SAMの細胞内濃度が減少し,TNF,AKT,CASP3,CXCL3のmRNA発現が上昇した。これらの変化は,SEの同時投与により消失した。SEの抗炎症作用の発現が,細胞の生存,アポトーシス,および白血球動員等の様々な代謝経路を介して媒介されることが示唆された。
  

総説

ビタミンA誘導体による時計遺伝子・血糖調節遺伝子の発現制御

 三崎 紀展 (MISAKI Toshinori),林 桃子 (HAYASHI Momoko),髙木 勝広(TAKAGI Katsuhiro),山田 一哉 (YAMADA Kazuya)
 
Regulation of expression of the clock gene and blood glucose control gene by a vitamin A derivative
 
Authors: Toshinori Misaki 1, 2, Momoko Hayashi 3, 4, Katsuhiro Takagi 2, 4, and Kazuya Yamada 2, 4, *
*Corresponding author: Kazuya Yamada 2, 4
 
Affiliated institutions: 
1 College of Pharmacy, Kinjo Gakuin University [2-1723 Oomori Moriyama, Nagoya, Aichi, 463-8521, Japan]
2 Department of Health and Nutritional Science, Faculty of Human Health Science, Matsumoto University[2095-1 Niimura, Matsumoto, Nagano 390-1295, Japan]
 
3 Department of Metabolic Regulation, Shinshu University Graduate School of Medicine, Science and Technology[3-1-1 Asahi, Matsumoto, Nagano 390-8621, Japan]
4 Matsumoto University Graduate School of Health Science [2095-1 Niimura, Matsumoto, Nagano 390-1295, Japan, Phone: +81-263-48-7321]
 
Key Words: Retinoic acid, Clock gene, Blood glucose regulation, Hepatocyte, SHARP, PEPCK
 
Abstract
  Retinoic acid, a vitamin A derivative, not only plays an important role in morphogenesis during development, but also plays multiple roles in epithelial homeostasis and immune regulation in the adults. At the cellular level, retinoic acid functions as a ligand for nuclear receptors and is known to regulate the expression of many genes, but biochemical analysis of individual gene expression is still not understood. Our group has studied the SHARP family of transcription factors, which is one of the clock genes regulating circadian rhythms and the blood glucose level. Mouse SHARP-2 was originally cloned as a gene whose expression is upregulated in P19 embryonal carcinoma cells during retinoic acid-induced neuronal differentiation. However, the effect of retinoic acid on SHARP-2 expression in differentiated cells has not been clarified. In order to better understand the physiological function of retinoic acid and its role in the mechanism of transcriptional activation, we will discuss the possibility that retinoic acid is involved in the regulation of the expression of clock genes and blood glucose regulatory genes, including the results of our recent study on the effect of retinoic acid on the expression of the SHARP family genes in differentiated hepatocytes.
 
要旨
 ビタミンA誘導体の一つであるレチノイン酸は,発生段階の形態形成で重要な役割を果たすだけでなく,成体でも上皮の恒常性や免疫制御など多面的な役割を果たしている。細胞レベルでは,レチノイン酸は核内受容体のリガンドとして機能し,数多くの遺伝子の発現を制御することが知られているが,個々の遺伝子発現に対する生化学的な解析は未だ十分でない。私たちのグループでは概日リズムを刻む時計遺伝子の一つであり,血糖調節作用に関与する転写因子SHARPファミリーについて研究を行ってきた。マウスSHARP-2は,もともと胚性がん細胞P19のレチノイン酸による神経細胞への分化誘導時に,発現が上昇する遺伝子としてクローニングされているが,分化した細胞におけるSHARP-2発現に対するレチノイン酸の影響は明らかにされていない。
 本稿では,レチノイン酸の生理機能および転写活性化作用機序における役割について理解を深めるために,高分化型肝細胞株においてレチノイン酸がSHARPファミリー遺伝子の発現に及ぼす影響を検討した最新の研究内容も含めて,レチノイン酸が時計遺伝子や血糖調節遺伝子の発現調節に関わる可能性について論述する。
 

母乳の力
母乳の基礎知識

大谷 元(OTANI Hajime)
 
1.母乳で学ぶ食品の機能
食品の機能は,栄養機能(一次機能),感覚機能(嗜好機能,二次機能)および生体調節機能(三次機能)に分けられます。これらの中でも生体調節機能を重視した食品を“機能性食品”と呼んでいます。古くから“健康食品”という言葉があります。機能性食品と健康食品は,ともに健康の維持や増進を目的とした食品です。機能性食品は健康の維持や増進作用が科学的に実証された食品です。しかし,健康食品はそれらが科学的に実証されていない食品も含んでいます。機能性食品の中でも,ヒトでの臨床試験により,その食品と疾病の関係が明確に立証されたことを法律的に認めた食品を“特定保健用食品(トクホ)”と言います。機能性食品や健康食品に特定の保健の用途を表示して販売すると,薬事法により罰せられます。しかし,特定保健用食品は,その食品の持つ特定の保健の用途を表示することが許可された食品です。食品の評価は,“栄養機能”から始まりました。しかし,今ではそれに,“感覚機能”と“生体調節機能”が加わって評価されます。成人は,多種多様な食品を摂取することで,それら3つの機能を充たしていると考えられます。しかし,哺乳動物の新生児の食物は,母乳しかありません。このことは,今の食品の評価法から考えると,母乳は,栄養機能,感覚機能,生体調節機能のすべてを充たしていなくてはなりません。言い換えますと,もし母乳が,それらの3つの機能を充たしていなければ,現在の食品の評価基準が間違っていることになります。本項では,現在の食品の機能となっている栄養機能,感覚機能および生体調節機能が,食品の妥当な評価基準であることを母乳で検証します。
 

連載

グルテン–沈殿要因−2

瀬口 正晴 (SEGUCHI Masaharu),吉野 精一(YOSHINO  Seiichi)
 
本論文「グルテンー沈殿要因—2」は“Celiac Disease and Gluten” (by Herbert Wieser, Peter Koehler and Katharina Konitzer) 2014 の第 2 章 Gluten- The Precipitating Factor の一部を紹介す るものである。
 
さまざまな穀物および非穀物原料,穀物タンパク質およびペプチドのCD毒性と免疫原性を特定し,新しい治療法をテストするために,多数のin vivoおよびin vitroの方法が開発された。テストは,(1)CD患者の生体内チャレンジテスト(2)CD患者の組織および細胞を用いたin vitroテスト(3)動物モデルテスト31, 32)に分類できる。テストの前に,材料は化学分析によって十分に特性評価される必要がある。
 
 

野山の花 — 身近な山野草の食効・薬効 —

タラノキAralia elata (Miq.) Seem. (ウコギ科 Araliaceae)

白瀧 義明(SHIRATAKI Yoshiaki)
 
 
梅雨明け間近,真夏の暑い太陽がジリジリと照り付ける頃,空に向かって勢いよく葉を広げている木があります。タラノキ(楤木)はタランボ,オニノカナボウ ,タラッペなどともよばれ,特に春先は山菜として親しまれ,新芽は「たらのめ(楤芽)」といい,てんぷら等にして食されます。タラノキは北海道,本州,四国,九州,沖縄のほか,朝鮮半島,中国,千島列島,サハリンなど,東アジア地域の山野に広く分布する落葉低木で樹木が伐採された跡地や林道脇の日当たりのよい場所でよく見られます。
 

コーヒー博士のワールドニュース

コーヒーの香りが変だと思ったらニコチン酸を飲みなさい

 
岡 希太郎
 
 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染したかも知れないと思ったとき,どうしたら良いでしょうか?PCR検査や抗体検査など,検査を受けること以外に,やることはないでしょうか?
●嗅覚・味覚障害はCOVID-19(感染者)の最大90%で確認される1)。
  感染者の90%という高い確率で発症するとはいえ,原因はCOVID-19以外にも色々あります。それでも9割に異常が認められるからには,検査の簡便さから言って,利用しない手はありません。昨年,阪神タイガースの藤浪選手は,異常に気づいたことが切っ掛けで,直ぐにPCR検査を受けて,治療に専念したそうです。その甲斐あって見事に復帰しています。「たかが匂いなんかで」と軽く見ずに,日に1度は意識的に匂いに気配りしては如何でしょうか?

 

 

 随想
分子生物学を門の前から覗く

兎束 保之(UDUKA Yasuyuki)
 
 現代の生物学分野の主流は分子生物学だといっても過言ではない。前章までに主として述べてきた微生物生理学は、環境変化に応じて微生物が示す生き方を扱っている。別の表現をすれば、対象としている微生物が持つ全遺伝子(形質を支配する因子群)の中の、“どれか”が発現することで観察できる現象を扱っている。
 分子生物学では、遺伝子という抽象的な単語で表現されていた要素の物質的本体が、DNA(ポリデオキシリボヌクレオチド)という化学構造をもった巨大情報分子であることを基礎にしている。そのDNAの分子構造のどの部分が、生体内における特定の機能を担うタンパク質分子に結びつく情報かを、明確にするところから生命現象を解析しようとしている。